白に染まる、一滴の青。
筆をとった慧の指先がすこしだけ震える。落ち着かないのは、楓だけではなく慧も同じだった。
膝丈はある紫陽花色のワンピースと、高い位置でひとつに結われた黒髪。昨日とはまた違った雰囲気の楓を目の前にして筆をとった慧は、昨日まで想像もしなかった展開と、これから自分が描く一枚への期待に胸を揺らしていた。
パレットにローシェンナと呼ばれる黄味の強い色を出すと、筆にペインティングオイルをつけ、パレットのローシェンナを拾う。
高校生の頃から美術部に入って絵を描いてきた慧は、これまでにないほどの緊張感に包まれていた。
こんなに小刻みに指先が震え出すような緊張感を覚える絵を描くことは今までにたったの一度だってなかった。だけど、こんなにも筆を降ろす一瞬に期待を膨らませることも今までに一度だって経験したことはない。
すうっと息を吸う。すると、慧は落ち着きを取り戻した指先でしっかり筆を握り直し、キャンバスへ手を伸ばした。
「私って、そんなに魅力ないかな」
真っ白のキャンバスに濃いローシェンナが乗る。その瞬間に、楓がそんな事を言い出した。
「え? 魅力?」
突然の彼女の一言に、慧は目を丸くして驚いた。しかし、彼女は表情一つ変えず、いたって真剣な様子。