白に染まる、一滴の青。
三章 偽りの白
「慧くん、コンクールの絵はちゃんと描き終えたの?」
翌日、木曜日だというのに楓はまたもやアトリエに現れた。
当たり前のようにアトリエに足を踏み込み、当たり前のように窓際まで丸椅子を運んで腰をかける。そして、時々窓の外を眺めた。
「あっ、はい。本当にもう少しで描き終われそうです」
彼女の指す〝コンクールの絵〟を理解するのにコンマ数秒時間がかかった。
昨日、咄嗟に自分がついた嘘のおかげで慌てて返事をすると、彼女はそんな慧の嘘に気づく様子もなく笑った。
「そっか、完成が楽しみだね。私も見られるのが楽しみ」
「僕、まだ見せるとは言ってないですよ」
昨日、〝描き終わったらまた見せてよね〟と言った彼女に慧は返事をしなかった。いや、返事をさせてもらえないまま彼女の方がアトリエから出て行ったのだ。しかし、コンクール用の絵を見せると慧が言ったと思い込んでいた様子の彼女に、すかさず慧はそう言った。
「え、見せてくれないの?」
慧の一言で、驚き、心底残念そうな表情を浮かべた彼女にまた心が動く。
自分の絵一枚で、こんな風に表情を変える彼女は、歳上なのに可愛らしく思えて無性に愛おしさのようなものが込み上げた。