白に染まる、一滴の青。
楓は、慧の言葉に少しだけ俯くと、黒髪を耳にかけながら照れ臭そうに笑うだけだった。
否定も、肯定もしない。だけど、彼女のその表情は、どんな言葉を並べるよりもずっと分かりやすい返答だった。
言葉では、限界がある。好意を言葉で表現するとき、〝好き〟だとか〝愛してる〟だとか、そんなありふれた言葉でしか表すことができない。
態度では伝えきれない部分を、言葉で補い、正しく伝える。言葉は、きっとそうして使われてきた。しかし、その最終手段とも言える言葉にも限界があって、その枠の中であらゆるものを表現するしかないこの世の中は、とっても不自由だ。
しかし、誰よりも素直で自然な彼女の表情は、言葉を軽く超えてきた。不自由さなんて全く感じない。慧には、ありのままの彼女の気持ちが見えた気がした。
「岩本」
開放されていたアトリエの扉から、聞き慣れた声に続いて本多が顔を見せる。
はっとして、扉の方を見た慧に続いて楓も扉の方を見る。すると、本多の方が少しだけ顔を歪ませた。
「小笠原さん、今日も岩本のモデルやってくれとったんか」
月曜と金曜だけかと思ってたわ、と独り言のように小さな声で呟くと、本多の視線は慧の方へと移った。
「コンクールのこと、すっかり忘れとったらしいな。描きたい絵を思うままに描くんはええことやけど、コンクール今年もエントリーするんやったらこの用紙記入して今週中に提出な」
A4サイズの用紙を手に、本多がアトリエ内に踏み込んだ。
慧は、本多がこちらへ持ってやってくる用紙なんかよりも楓の表情が気になって仕方がなかった。しかし、好きな人を目の前にする彼女の表情を見る勇気もなくて、ただきょろきょろと目を泳がせるだけ。