白に染まる、一滴の青。
「おはようさん」
翌日、アトリエで一人キャンバスと向き合っている慧に声が掛かった。
「先生、おはようございます」
声のした方角へ顔を向けると、そこには出入り口からこちらを見ている本多がいた。彼は、口角を上げてアトリエ内に足を踏み込むと「順調か?」と慧に問いかけて窓際に立った。
「どちらかと言えば順調、ですかね」
「そうか。それは良かった」
右口角をくっと上げて、目尻にシワを作る。
彼は、いつも生徒の描く絵を見るのを楽しみにしていた。去年も、一昨年も、本多はいつだって生徒の絵の仕上がりを待ちわびるかのようにアトリエに足を踏み込んでいた。慧はそれを鮮明に思い出すと、少しだけ口角を上げた。
「コンクールに出す作品、決まったんか?」
締め切り来週やで、と付け足した本多は窓の外を眺めながら目を細める。
ちょうど喫煙所のあたりに向けられている本多の視線がなんとなく気になった慧が椅子から腰を浮かせる。窓の外に向かう本多の視線を辿ると、そこには喫煙所付近を歩く楓の姿があった。