白に染まる、一滴の青。

「一応、決めてはいます。でも、まだモデルをしてくれた小笠原先輩の許可をもらっていないので何とも」

本多の視線の先に動揺しながらも、慧は平静を装い腰を下ろした。

つい、昨日の生田の話を思い出しては胸がざわつく。本人に直接確認した訳ではないけれど、確かに、本多は楓に対して何か特別な感情を持っているような気がしてならない。


「そうか。小笠原さん、ええって言うてくれるといいな」

「はい」

「ほな、職員室戻るわ」

少しだけ急ぐように会話を切り上げた本多が、アトリエをあとにする。

本多は、もしかしたら楓と鉢合わせることを避けているのかもしれない。そう、慧は感じた。今思えば、以前偶然このアトリエで二人が鉢合わせた時も、ほんとうに少しだけれど顔をしかめていた。


本多が去ったあと慧は、初めて楓と出会ったあの日の景色を描いたキャンバスをイーゼルに立て掛けた。

今日は完成させることのできた、あの日の景色のなかにいる彼女を。この夏、夢中で描き続けた彼女を。彼女本人に見てもらおう。そう決めてきた慧は、壁に立て掛けた四枚を順に表を向けた。


初めて出会った日にモデルになってほしいと頼み込み、快く承諾してくれた彼女。

そんな彼女は、窓際に置かれた木製の丸椅子に座り、窓の向こう。喫煙所のある方角を見ている。いつだって、目の前にいる慧ではなくて他の誰かを瞳に映していた。

こんなにも誰かに惹き付けられるというこの気持ちも、描きたいという気持ちも。慧の気持ちを動かした全ての理由が、自分では無い人へ思いを向けている楓だというのが悔しい。

しかし、本多のことを想っている楓のことを好きになってしまったのは紛れもない事実だ。

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