白に染まる、一滴の青。
「わ、凄い」
右方向から声がした。
しっかり空気に混じり込み消えていった、透き通った声を探すように視線を移す。すると、そこには大きな目を見開いている楓がいた。
楓の視線の先には、慧が書き上げた四枚の楓の姿がある。
彼女は、アトリエに足を踏み込むことを忘れて立ち尽くしていたけれど、慧がその様子にくすっと肩を揺らすと我に返ったのかキャンバス前まで足を運んだ。
「懐かしい。これは、初めて会った次の日から描き始めた絵だよね」
「はい。僕が、“モデルになってください”って、頼んだ翌日に描き始めた絵です」
「これは、クロッキー帳で初めは描いた絵だよね? それから、これを描いている時、慧くんがまだ初恋をしたことがないっていう話を聞いたよね」
「よく覚えてますね」
「当たり前だよ。これは、慧くんが飴をくれた時、飴で喜ぶ子供みたいな私のそういうところを好きだって言ってくれた日。あの言葉は嬉しくて、本当に、今もずっと胸に残ってる」
慧だって、ひとつひとつ、全部覚えていた。今だって、彼女の表情ひとつまで鮮明に思い出せる。
彼女がいたアトリエで絵を描いていた日々は、今までに感じたことのない充実感であふれている。こんなにも、思い出を美しいと感じるのは慧にとって初めてのことだった。