白に染まる、一滴の青。
「……分からないです」
ぼそっと、小さくそう呟く。
そんな、慧の独り言のような一言に、楓はつまらなそうに顔を顰めた。
「煮え切らない返事だなぁ。ま、慧くんらしいけど」
怒っているかと思いきや、丸椅子から一度立ち上がりワンピースの裾を整え直した楓は口角を上げて笑った。慧は、彼女が怒っていなかったことに安堵したけれど、ひとつだけ彼女の一言に違和感を覚えた。
────〝慧くんらしい〟
その一言が、慧の中で引っかかった。
まだ出会って2日目の二人の間に、〝らしい〟なんて言葉は似つかわしくない。
だけど、口角で三日月のように綺麗な弧を描き上手に笑う彼女が、口先だけで並べた言葉だとも考えにくかった。
「おーい、手が止まってるじゃないか。絵描きさん」
私の拘束料金は高くつきますよ、なんて冗談っぽく言った楓が次は白い歯を見せて笑った。
「あ、すみません。つい」
ピタリと止まっていた自分の右手に、慧はハッとした。
いつから筆を握った右手は宙に浮いていたのだろうか。そんなことを考えながら、慧は筆をゆっくりパレットへ伸ばし始める。
ローシェンナの絵具がのせられたパレットに向かう筆。慧は、それをパレットに触れる手前で止めた。