この言葉の、その先は、
「瀬川が飲みの誘いにのってくれるなんて珍しいよなー」
金曜の夜、所謂華金に会社の同期と飲みに行くのが月1の習慣になったのはいつからか
いつもと変わらない、からあげの美味い居酒屋
いつもと変わらない、角の席
いつもと変わらない、店の喧騒
ただそこに一雫、ほんの小さな白が垂らされるだけで俺の心は偉く騒がしいというか何というか
「江川君がずっと行こう行こうって誘ってくれてたから」
「今までは誘っても、行かないの一つ覚えみたいな奴がさー」
「名前が似たもの同士仲良くしようやー」
「へいへい」
俺の斜め向かいで繰り広げられるやりとり
キランと光る銀の指輪をはめた彼女の白い手が、ポンっと江川の肩にのる
ふにゃんって目尻を垂らす江川と、ギシって変な音を立てる俺の心
「蜷田、見過ぎ」
隣の乙ちゃんから脇腹をど突かれる
「既婚者の距離感って嫌味だなって」
「違うよ、既婚者の余裕って言うんだよ」
「余裕か〜」
「既婚者がモテる訳だ」
ケッて言いながら日本酒を一気に煽った乙ちゃんを見て、やっぱり乙音って名前にとことん抗ってるなコイツって笑いが出た
「こうして既婚者に溺れる男がもう一人…」
「俺をカウントに入れるな、カウントに」
「太陽くん、いつからだい」
「ちげーって」
日本酒を片手に俺を流し目で見てくる乙ちゃん
違うって言葉も受け入れずにいつからだよーって煩い
再度、違うって言いながらチラリと視線をあいつに向ける
ヒタと合わさるその視線
またギシって鳴る俺の心
違うよって
今のあいつは、俺の好きなあいつじゃないよって
あの頃と変わらない、彼女の真っ白な笑顔を見ながら心の奥深くにその言葉を落とし込んだ