透明な檻の魚たち
「どの本です?」

 期待を込めたまなざし。瞳がきらきらしていることに、本人は気付いているのだろうか?

 私はいつも、生徒に伝えたくなることがある。クールで、無関心ぶっているのがかっこいいと思われがちだけど、本当は逆で、何かに夢中になっているときのあなたたちのほうが、ずっとずっと魅力的なのよって。

「指輪物語には、追補編があるのを知ってる?」

 私は、カウンターに預けていた体勢をこころもち立て直して、切り出した。

「追補編……ですか?」

「そう。今あるファンタジーの礎は、ほとんどトールキンが築いたって言われているけれど……。指輪物語に出てくるファンタジー用語なんかがね、解説されている本なの。ファンタジーの教科書みたいなものかな。これがあれば、他のファンタジーを読むときにも役立つと思うわ」

「へえ、読んでみたいです。僕はあまりファンタジーの知識が深くないので、指輪物語を読んでいても想像しにくい箇所があって。もっと世界観に入り込むことができたら、もっと面白く読めたのかなって思っていたんですよ」

「だったらすごくおすすめするわ。私にとってもファンタジーの教科書だもの」

 思わず熱く語ってしまったけれど、一条くんが乗ってきてくれたので嬉しくて、顔がぽかぽかしてきた。
 しかし、ふと重要なことを思い出し、今度は急に、声のトーンが下がってしまった。

「……あ、でも、ダメだわ。図書室には置いていないの」

 せっかくのひらめきが消えてしまって、私は肩を落とした。なんでこんな一番大事なことを忘れていたのだろう。

「そうなんですか、残念です」

「良かったら、私の持っている本を貸しましょうか?」

 一条くんの沈んだ顔を見ていたら、ごく自然にその言葉が口をついて出た。
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