透明な檻の魚たち
王子様とスイミ―
 次の日、一条くんは図書室に来ていなかった。

 彼はもともと、受験勉強組ではなかった。ということは、私立の推薦入試に受かっているということなのだから、自由登校のこの時期、学校に来る必要なんて最初からないのだった。

 なのに。なのに……、なんだか無性に気になってしまう。彼は、約束したからには今日必ず、本を取りに来ると思った。一条くんのことなんてよく知らないけれど、そういう約束は真面目すぎるくらいに守りそうに見えたから。

 それとも彼は、本を貸すことなんてそれほど、大事な約束だとは思っていなかった……のかもしれない。

 私は、がっかりしているのだろうか。なんでこんなに、もやもやした気分になってしまうんだろう。「渡せなかったら渡せなかったで、いいじゃない」と割り切ることのできない自分に戸惑っていた。

 ――私は一条くんに、特別な親しみを感じてしまっている?

 いや、それはないはずだ。
 ないはずだ、と思いたい。

 いくら彼のことを、生徒としてでも――特別に思ってしまったら、卒業したときにきっと寂しくなる。それは避けたかった。桜の季節に寂しくなるなんて、学生時代だけで充分だった。

 だけど、一条くんとの会話は楽しかった。職員室で交わされる、社交辞令的な世間話より、よっぽど。

 だからきっと、こんな気持ちになるのも、私が寂しい人間だからなんだ。退屈な日常の中で、久しぶりに仕事以外の会話を交わせたのが嬉しかった。それだけのことなんだ。

 私は、一度カウンターに置いた本を自分のデスクの上に置いて、毎日の単調な業務に集中した。
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