透明な檻の魚たち
「はい、これ」

 一条くんを司書室まで誘導すると、デスクの引き出しに入っていたお菓子の紙袋に入れて、本を手渡した。

 壁の部分がガラス張りになっているので、図書室からも司書室は覗くことができるし、私がここにいても図書室の様子は観察することができる。外から見ていても入ったことはなかったのだろう。私のデスクやパソコンに、一条くんは興味深そうに目を走らせていた。

「ありがとうございます。けっこう、分厚いですね」

 一条くんは紙袋を覗きこんで表紙を確認している。

「一気に読むような本じゃないから、気が向いたときに少しずつ読むといいわよ。本は、卒業式までに返してくれればいいわ。卒業式が終わってからも受験の手続きとかで学校に来る生徒はいるけれど、一条くんは私立に受かっているんでしょう?」
「ええ、指定校推薦で。どうして分かったんですか……って当たり前か。受験が終わってなかったら、のんきに読書なんてしてませんもんね」

 自嘲するような笑みを浮かべて、紙袋をひょいと持ち上げてみせる。指定校推薦だからといって誰もとがめないのに、本人たちには、自分たちだけ楽をしてしまっているという罪悪感がある。私も大学は推薦だったから、彼があいまいに微笑む理由がよく分かった。

「やっぱり、文学部なの?」

 これだけ本が好きなら、他の学部に進むのがかえって不自然なくらいだ。

「そうです。国文科で。文学部なんてつぶしがきかないからやめろって、まわりには言われたんですけどね。僕は文学が好きだし、他のものを勉強しろって言われても、ピンとこなくて。だったら好きな分野を極めたほうがいいと思ったんです」
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