透明な檻の魚たち
「先生は、どっちなんですか」

 うーん、と悩み、

「後者かな。学校っていう水槽を選んで、その中で生きている。出ようと思わなければ快適だし、住み心地がいい水槽だと思う。でも、窮屈さで言ったら、学生時代の水槽以上かもしれないわね」

 と、笑みを浮かべながら答えた。なにもかもを諦めた大人にふさわしい、ひっそりとした笑みの作りかたを、私はもう何年も練習してきたのだ。

「一条くんは? どんな選択をするつもりなの?」

 この、スマートでそつのない男の子が、どんな選択をするのか。どんな大人になるのか。私は司書という枠を越えて、興味があった。

「僕もきっと水槽を選ぶけれど……」

 一条くんはうつむいて答えると、そこで言葉を切り、顔をあげてしっかりと私を見つめた。

「でも先生、その水槽が陸地にあるって決めつけていませんか? 案外、海の中に沈んでいるのかもしれませんよ。本当は海の水が流れ込んできているだけで、壁の向こう側もまた海なんだ。水面を見上げていれば、いつだって出られるんだ。きっと、その方法に気付いていないだけで、僕も先生も、いつだって、どこにだって行けるんです」

 時が、止まってしまったのかと思った。彼の言葉を聞いた瞬間、周りの色も、喧噪も、一瞬消えたのだ。

 彼が何を言っているのかすぐに呑みこめず、何度も言葉を反芻する。

 胸が、激しくドキドキしていた。
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