Rouge
そんなタイミングを図ったようにだ……。
鼓膜を震わしたのは聞き取るのも困難な程微々たる音の欠片。
音よりも気配と言うのか。
自分が何かを思うよりも早くその帰宅を感じ取った肌が変にざわついて、そんな自分に呆れた感覚で目を細めて静かに振り返る。
そんな刹那、捉えるのが先か響いたのが先か、
「ただいま、…ルージュ、」
帰宅を知らせる当たり前の言葉と、馴染みのない自分の呼び名。
視界に捉えるのは黒い上着に黒いパンツ、その上黒いフードを深々と被り更には黒いマスクで口元を覆うスラっと細身で長身の男。
ここまで黒に身を染める姿であるのに、フードからチラリチラリと覗く細髪はシルバーブロンドと言える類の色み。
フードとマスクの間の肌も然りで、白く綺麗な肌に睫毛の長い猫目が光る。
今もこちらを見つめる瞳の色は、時にブルーにも見せる様な透き通るようなグレーの色彩。
そんな灰色に乗せる感情は喜楽と言えるだろう。
何にせよ……まともな姿じゃない。
普通の感覚では警戒が走るような装いや気配。
更にはだ……
「……赤いのはどっち」
「ん?」
「頬。血…マスクからはみ出してる」
「ああ、これは俺のじゃない」
いや、綺麗に微笑んで言うことなの?それ。
まぁ、綺麗かどうかも見た目には黒いマスクに阻まれてはっきりと言えたことではないのだけど。