Rouge
お役ご免となった手袋をそのまま床に落とす事に、誰が床に付着した血痕を掃除するのかとつまらぬ疑問で目を細めていると、不意に鼻腔を掠める匂いに意識を掻っ攫われた。
視界にハッキリと焼きつく様な赤。
口元近くに寄せられた生々しい傷痕という意図は…、
「…お待たせ」
「待ってないけど。私は何?血がご馳走な吸血鬼?」」
「いや、俺専属の保健医でルージュでしょ?」
「っ………ま、…いいわ。もう面倒」
いちいち反論する方が疲れる結果になると、さすがに学んで込み上げていた言葉は飲み込んだ。
学んで、飲み込んでしまえばだ…。
「……」
「……冷たいね」
「…その前に痛いって感覚ないわけ?」
「ルージュの舌が気持ち良いなって感覚に相殺される」
あっそ…。
どこまで本気であるのか。
いっその事傷を抉る様に舐めてみれば、さすがに『痛い』とその表情を崩すのではないか。
いや、彼の場合は真逆に笑みを強めて歓喜しそうだと、すぐに判断を下して大人しく血の味を味蕾に刻み込む。
「フフッ美味しい?」
「不味い」
「そう、じゃあもっと舐めていいよ。むしろ、傷痕抉って吸い出すくらいに」
「……お願い、」
「ん?フフッ、何?」
「まともに会話して」
ここで暮らして何が不自由かって、何よりも彼との意思の疎通か。