湖にうつる月～初めての恋はあなたと
嘘でしょ。

こんなことってある？

これを俗に運命って言うんだろうけど、私には全く無縁の話だと思って今日まで生きてきた。

軽々しく運命だなんて思ったら、後で泣きをみるのはわかってる。

だって、相手は澤井ホールディングスの次期社長。

しかもとんでもないイケメンでそんじょそこらの女性では相手にならないような人なんだから。

「きゃ！見てみて！今日の予定！」

呆然とスケジュール表を見つめている横で亜紀が私の肩を激しく叩く。

「噂の澤井ホールディングスだって！なんだか運命感じちゃう」

そうなんだよね。

こうやってすぐに運命運命って言える女性ほど運を掴むもんなんだ。そういう気持ちで臨まないといい縁もやってこない。

栗色の髪をくるくる揺らしながら頬を染めて笑う亜紀は、やっぱりどこからどう見てもかわいかった。

「おはようございます」

ため息をついたその時、受付に現れたのはまさに澤井涼太、その人だった。

「九時半に専務の藤波様とお約束させて頂いている澤井ホールディングスの澤井ですが」

あの日のラフな装いとは違い、濃紺の品のいい風合いのスーツを隙なく着こなして私を見下ろしている。

もう私のことなんか忘れちゃったのかな。

私の顔をじっと見つめる澤井さんの目が何かに気づいたように少し大きく見開いた。

「おはようございます！お待ちしておりました！」

そう大きな声で言いながら真っ先に立ち上がったのは亜紀だった。

思いきり頬を染めて、目をキラキラさせて澤井さんに会釈をする。

「こちらへどうぞ！」

亜紀は澤井さんの前に立つと、商談室に促した。

「あ、ああ。どうも」

亜紀の勢いに少し面食らった様子の澤井さんは私の方に視線を向けると、困ったような顔で少しだけ微笑む。

私のこと、おぼえてくれてたんだ。

その微笑んだ口元を見ただけで胸が締め付けられるほどに苦しくなる。

一番広い商談室に澤井さんは入っていった。

案内した後、すぐに受付に戻ってきた亜紀はうきうきした表情で私の腕をきゅっと掴んだ。
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