湖にうつる月~初めての恋はあなたと
食事会があった数日後、久しぶりに澤井さんから連絡が入り週末会うことが決まった。

父に頼んで彼と会う前日の夜、抹茶プリンをもう一度教えてもらう。

もちろん彼と会うなんてことは伏せて、大学時代の友人と会うと嘘をついた。

棚から出してきた抹茶をボールに振り入れながら父が言う。

「ここの抹茶は品質も味も最高なんだ。俺が日本中を探し歩いて見つけた抹茶だよ」

抹茶の袋には生産者が『京抹茶』とあり、住所は京都だった。

わざわざ京都から取り寄せてるというそんな父の拘りを初めて聞いて感心する。

「抹茶一つ、小麦粉一つ、砂糖一つとっても妥協はしちゃいけない。それが商売ってもんだ」

父は私に抹茶プリンの作り方を教えながら何度となくつぶやいていた。

カップに抹茶プリンのタネを注いでいく。

とろみのある深い緑が少しずつカップを埋めていく様を見つめながら、このとろみの中に自分の気持ちが少しでも届きますようにと祈っていた。

作ったプリンを冷蔵庫に入れる。

「きっとお前の友達も喜ぶぞ」

「そうだね。お父さん直伝だもんね」

満足気に冷蔵庫の扉を閉める父の背中を軽く叩いた。

私を振り返った父の顔は久しぶりに見る笑顔だった。



お見合いの話、もう澤井さんの耳には届いてるんだろうか。

澤井さんの耳に入っていたとしたら、彼はどう感じただろう。

聞きたいけれど、藤波専務の冗談かもしれないことをわざわざ聞くのも憚られる。

とりあえず、明日会った時はその話題は触れずにおこうと思った。
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