湖にうつる月~初めての恋はあなたと
「これでよし」

澤井さんと会う日の朝、厨房の冷蔵庫から昨晩作った抹茶プリンをクーラーボックスに入れる。

横で大福を作っていた手を止めた父はエプロンで手をぬぐいながら冷蔵庫に向かい、中から和三盆ロールケーキを二つ取り出した。

「これも持っていきなさい」

「いいの?」

「ああ。真琴の友達の口に合えばいいんだがな」

「ありがとう。お父さんが作った和三盆ロールだもん。友達も絶対おいしいって言うわ」

友達か・・・・・・

父に嘘をついているのは少し後ろめたかったけれど、澤井さんの食べる姿を想像して胸がドキドキしていた。

ロールケーキを抹茶プリンの横にそっと入れた。

まさか家の前まで車をつけてもらうわけにもいかず、待ち合わせは隣町の駅前でお願いしている。

「いってきます!」

私はバッグを手に持ち、父のいる厨房に声をかけた。

「気をつけてな」

厨房から父の声だけが響いていた。

パートの山川さんがショーウィンドウのガラスを拭きながら「いってらっしゃい」と丸顔を更に丸くして笑顔で見送ってくれる。

「父をよろしくお願いします」

「大丈夫よ、楽しんでらっしゃい!」

山川さんは店に来てもう二十年になる。

父が安心して菓子作りに専念できるのも、店の切り盛りを全て1人でこなしてくれる山川さんのお陰だった。

年は父よりも10歳ほど若くいつも元気な店の看板おばちゃんだけど、10年もの間ずっとここで父を助けてくれる山川さんには感謝しかなかった。





< 60 / 158 >

この作品をシェア

pagetop