湖にうつる月~初めての恋はあなたと
時間もあったので、隣町まで歩くことにする。

河川敷の道をゆっくりと歩いていると、気持ちのいい風が川面から吹き上げる。

道の植えられた桜の木にはたくさんのピンクの蕾がその日を待ちわびていた。

『今年の冬は寒かったから、きっと桜はきれいな年になるわね』

以前、春を目前に亡くなった母が病床で私に言っていた言葉を思い出す。

・・・じっと堪えれば堪えるほどきれいな花が咲くのよ

・・・そう考えたら我慢も悪くないものだわ

私にはきれいな花は咲くんだろうか。

別に我慢ばかりしてきた訳じゃないけれど。

蕾から上空に目を上げると、青い空にドットのような白い雲がいくつも浮かんでいた。

久しぶりに会う澤井さんは以前と変わってないかな。もう仮彼氏にあきたとか思ってるんじゃないかしら。

毎日忙しい中メールやLINEをくれる彼に、本当の彼女でもないのにと申し訳なく思う時があった。

河川敷の階段を降り、道路の向こうに隣町の駅が見えたと同時にさりげなく早足になってる自分がおかしい。

私って、本当に心と体が一体っていうか、澤井さんによく言われる素直なタイプなんだろうね。

素直というかわかりやすいというか嘘がつけないっていうか。

駅前のロータリーに澤井さんの大きな車が停まっているのが見えた途端、その車に向かって走り出していた。



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