山猫は歌姫をめざす
散らかった“演譜”と楽譜。
『赤い靴』をやったあと、『赤ずきん』もやってみようと言うことになり、未優が、
「曲名忘れちゃったけど、こんな曲!」
と歌うのを、留加が演奏してみせ、イメージが違うといっては二人して“演譜”とにらめっこし歌い、演奏した。

際限なく繰り返し、時間も忘れ没頭し、いつの間にやら眠っていたのだった。

自分はともかく、留加もそういうタイプだと思わなかった未優は、昨夜、手を引かれて寮に戻って来たのを思いだす。
あれが兆候だったのかもしれない。音楽のこととなると、我を忘れるということ……。

ふと、留加が身じろいだ。片手で額を覆い、わずかに目を開ける。

「……ひょっとして、眠ってしまったのか」

かすれた声で留加が言い、楽譜と“演譜”をそれぞれに仕分けながら、未優はうなずく。

「そうみたい。……初日から、あたし達トバし過ぎたかな?」
「あぁ。気をつけよう」

防音室に散らかったそれらを片付ける未優を見て、留加が楽譜に手を伸ばす。
かすった互いの指先に、留加が「すまない」と告げるのを聞き、未優はあきれて彼を見返した。

(なんで謝るんだろう……)

「昨日、さ。留加、あたしの手、ものすごい勢いでつかんで、ここに帰ってきたよね?」

それなのに、ちょっと触れたくらいで謝られるのは、合点がいかない。
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