山猫は歌姫をめざす
だが、留加は眉をひそめた。

「……なんの話だ」
「はい? だってアレ、昨日のコトだよ? もう忘れちゃったとかいうの?」

留加は、考えこむように黙った。やがて感情の浮かばない瞳のまま、留加が言った。

「君の歌声を聴いていたら、急にヴァイオリンが弾きたくなった。だから、君と共にここへ戻って来た……のだと思うが」

そこまで言い、留加が口もとを覆う。わずかに頬が染まる。

「衝動に突き動かされて、ここまで来た。それしか覚えていない。君に失礼なことをしたのなら、謝る。……悪かった」
「あぁ、えぇと。あたしの勘違いだったかも! だから、もういいよ」

頭を下げてみせる留加に、未優はあわてて言い繕った。軽口のつもりが、本人をえらく反省させてしまったようで、バツが悪くなる。

「それより、早くコレ片付けちゃおうよ」
「……君は確か、朝食の席で他の“歌姫”と顔合わせするんじゃなかったか?」
「うん。そうだけど……」
「あとはおれが片付けておくから、君は身支度を整えたほうがいい。時間がかかるだろうし」

留加に言われ、未優はハッとした。

昨日はシャワーも浴びずに、ここで寝てしまった。確かに、支度には時間がかかるだろう。
未優は留加の言葉に甘え、バスルームへと向かった。
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