山猫は歌姫をめざす
「……メンバーが選出されるまでには、まだ二週間弱ある。どちらの演目も、君自身が演じられそうな一幕から、練習していったらどうだ?」

留加の提案に未優は素直にうなずき、話を詰めようとして留加と共に“演譜”をのぞきこんだ。

ふいに、留加が息をついた。
苦しそうな息遣いに、驚いて留加をまじまじと見返す。……顔色が、悪い。

(やだ、あたしってば“連鎖舞台”のことで頭がいっぱいで……)

「留加、大丈夫? 具合が悪いなら、良くなってからでも……」
「二週間あると言っても、無駄にできる時間があるわけではないだろう。君の“解釈”を、聞きたい」
「でも……」
「本当に無理だと思ったら、おれの方から申し入れる。その時は、すまないが“奏者”を休ませてもらいたい」

有無を言わせぬ口調の留加に逆らえず、しかし、それでも未優は念を押した。

「じゃ、無理だと思ったら、ホントに言ってね? 約束だよ、留加」

†††††

深紅のバラの花が、嵐が過ぎ去ったあとのように、無惨に散らされていた。
獣の残した爪痕(つめあと)は深く。美しいその姿が(けが)されてもなお美しくあったのは、奇跡のようだった。

彼は当時、まだ九つになったばかりで。何があったのかを、的確に判断できるはずがなかった。
しかし、自分の大好きな『犬耳』のお姉さんが、ひどい目に遭わされたのだということだけは、解った。
だから彼は、誰か大人を呼ぼうとした。「ケーサツ」か「キュウメイシ」の人を。
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