山猫は歌姫をめざす
「な……ぜ、ここ……に……い、るん、だ……」

耳元でささやかれる声は、まぎれもなく留加のものだ。一語吐き出す度に、息遣いが乱れている。

未優はどうしていいのか解らず留加を見ようとして懸命に身体をひねった。
わずかに見えた横顔は、あえいだ口元から(とが)った犬歯がのぞいている。

「ごめん、留加が心配で……」
「……きみ、は……ほん、と……に……」

皆まで言わずともわかる留加の本音に、未優は自分で自分をけなした。

(あぁもう、言われなくたって、バカですよーっ)

瞬間、首筋に留加の熱い息がかかり、次いで生暖かい感触が伝わってきた。腰にまわされていた手が、未優の胸元にまで上がっている。

(なめ……なめられたっ……! しかも、胸、さわられてるんですけどっ……!)

あまりのことに眩暈(めまい)を感じ、思考力が落ちていくのが解った。

(え、えと……こういう場合は……何しやがんだ、エロジジイ……じゃなくて!)

心のなかで自身を一喝し、未優はふたたび留加に向き直ろうとする。ようやくの思いで、留加の青い瞳と目が合った。

「留加、しっかりしてってば!」

未優の怒鳴り声に、留加は目を見開いた。顔をしかめ、未優を勢いよく突き飛ばす。

「わっ……」

反動で未優はよろけたが、なんとか踏みとどまれたのは、『山猫』の証である平衡感覚が優れているおかげだろう。
しかし、逆に留加は、弾みで後ろへ倒れこんでいた。
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