山猫は歌姫をめざす
ひっくり返ったテーブルと椅子を元に戻し、未優は床に横たわっている黒い獣の側に近寄った。
腹部が規則正しく上下している。……眠っているようだった。

未優は、その場にかがみこんだ。

(良かった……ちゃんと“変身”できたんだ)

思わず指先が伸びた。毛並みに触れ、その身体を愛おしむように()でる。
ぴくり、と、反応が返ってきて、未優はあわてて手を引っこめた。
ほぼ同時に、シベリアンハスキーの血をひいていると思われる犬が、くるりと身体を反転させ起き上がった。

ぶるるっ……と、全身を震わせる。いっそう冴え冴えとした青い瞳が未優を見た。

『あの歌声は……やはり……』

未優は目をしばたたいた。……まさか、そんな馬鹿な。

黒い犬は首をめぐらせ、床に落ちたままの置時計に気づく。壊れている。

「……十一時過ぎだよ」
『十一時か。それにしても、なぜ彼女は勝手に人の部屋に入って、座りこんでいるんだ』
「……そんなの、留加が心配だったからに決まってるじゃん」

後ろ足で耳をかいていた動作が止まる。

未優は、気まずい思いで言った。

「あの。なんかよく解んないけど、留加が思ってること、伝わってくるんだけど」
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