山猫は歌姫をめざす
「あの、あたし、留加のこと、ホントなんにも知らなくて……。まぁ、あたしって知らないことの方が多いんだけど。
でも、他のことは知らなくても、留加のことは、知りたいと、思って」
『……おれの何が知りたいんだ』

とまどう気配に、未優はあわてて手を振った。

「あっ、何もかもを話して欲しいとか、そういうんじゃなくて。
なんて言ったらいいんだろう……そう、今日みたいに留加が苦しい思いをしてる時、力になれたらいいなって。
あたしにできることなんて限りがあるけど、でも、あたし」

未優は片手でもう一方の手をぎゅっと押さえこみ、そこに唇を押し当てた───獣であることを拒むゆえの、苦しみ。

「留加に、幸せに、なって欲しいから……」

ゆっくりと振られていた尾が、ぴたりと止まる。

『幸せ?』
「うん。あのね、あたしが前に読んだ本の中で、
“自分が獣であることを受け入れられない者は、幸せになれない”
って、あったの。
……あたしも、そう思う。だって、あたし達の半身は、獣だもの。それは、変えようのない、まぎれもない事実でしょ? それを拒むのは、自分自身を否定することになる。
ありのままの自分を認められないのは、やっぱり……不幸ではないけど、幸せにはなれない気がするの」
『おれは……』

困惑の想いが深まって、未優に伝わってくる。
未優は留加を見た。青い瞳の犬と目が合う。
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