山猫は歌姫をめざす
「……俺だ。六番ゲートに待機しろ。……そう、ウチのお姫様のご帰還だ」

立ち並ぶ木々の中の一本に、人工の木が植えられている。
慧一は迷いもなく、そこへ近寄った。

パカリと、幹の一部分を開けるとアルファベットと数字が配列されたパネルが現れる。
慧一の指がパネルを素早く叩くとセンサーが彼の“ピアス”との照合を始めた。

地面が動き、地下への入り口が出現したのを見届け、慧一は座りこんだままの未優の元に戻る。その腕に、彼女を抱き上げた。

急に持ち上げられ、未優は驚きのあまり慧一の首にしがみついたが、あわててとりやめると叫び声をあげた。

「いやぁっ。あんたなんかにお姫様だっこなんてされたら、末代までの恥じゃないのよ、下ろしなさいよっ」
「安心しろ。お前は存在自体が恥だ」
「いやーっ。信じらんないっ……こんなのイヤーッ」
「───“歌姫”になるんじゃないのか?」

ポツリともらされた問いかけに、未優は思わず暴れるのをやめ、慧一を見返した。
真剣な眼差しとぶつかり合う。

「なら、足は大切にしろ。いや、身体は全部だな。気を遣え」
「あんた……あんたは、あたしが“歌姫”になるの、反対なんじゃないの?
だって、父さまの考えてること一番良く解ってて……それでもって、あたしの行動見張ってたくせに。
なんで、そんなことを言うの?」

慧一は地下に続く階段を降りながら、未優の問いかけに鼻を鳴らした。
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