山猫は歌姫をめざす
とっとと家に帰ったら? ここでは厄介者でも、あなたの実家では、大事な跡取り娘なんでしょ?
『山猫』のお嬢様ってだけで、“歌姫”の“舞台”に、いくら積んだのよ? 道楽なら、他でやってほしいわ。
私たちはね、文字通り、身体を張って“歌姫”をやってるのよ!
趣味が高じて“歌姫”になったあなたみたいな人がいること自体、目障りなのよ!」

どんっ、と、未優の肩を突き飛ばし、綾はトレーニングルームを去って行った。

未優は、その場にくずれ落ちた。……力が、入らない。
突き飛ばされた肩が熱く、鈍い痛みを放っている。
そのくせ、身体全体はなんだか薄ら寒くて……未優は自分で自分を抱きしめた。

ふいに、泣きだしそうな自分に気づいて、あわてて自らの両頬を叩いた。……泣いたら、負けだ。

綾の言うことは正論だ。
未優は、ここの“歌姫”達が当り前に受け入れている売春制度の枠から外れ、毎日、自分の好きな歌と踊りしか行っていない。

しかも、一度も“舞台”に立っていないのだ。
“第三劇場”に何の利益をもたらさず、衣・食・住を満たしてもらっている。

自分の家なら、それもいいだろう。だがここは、それが許される場ではない。

(……そっか。だから、皆に実力を示せって言われたんだ)

涼子(りょうこ)の言葉を思い出す。
『禁忌』の“地位”にふさわしいと、皆に納得させるだけの実力を。
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