山猫は歌姫をめざす
はい、どうぞ、と差し出されたマグカップを微妙な気分で受け取りながら、未優は声の主をにらんだ。

「昼間っから下品なこと言わないでよ、もう」
「えー? だってさぁ、最近、なんか留加が未優を見る目が、ちょっとイイ感じで僕としては面白くないんだよねー」

未優の隣のソファーに腰をかけ薫はふうと息をつく。それから、未優の手の中の“演譜”をのぞきこんだ。

「……『ラプンツェル』かぁ。ちょっと意外かな? 未優はてっきり『シンデレラ』をやるのかと思ってたよ。
魔法とかガラスの靴とか、そういう夢のあるカンジの方が好きかなって」
「あたしもイメージは『シンデレラ』の方が沸きやすかったけど……『灰かぶり』って聞いちゃうと、継母や義理のお姉さんのイジメっぷりを先に連想しちゃったから」
「ふーん。でも、『ラプンツェル』って、初版はなんだかエッチだよね。
塔に通ってた王子が、毎夜ラプンツェルに、何してたんだかって突っ込みたくなるっていうか」

ふふっと薫が笑う。未優の片手をつかみ寄せ、指先にキスする。

「僕も、未優“ラプンツェル”姫の元に、毎晩通っちゃおうかなー? 実践『ラプンツェル』なんてどう───」
「昼間から下品なことをほざくな」

薫の口を片手で覆って、慧一は大げさな溜息をついた。

「薫。お前は働く気があるのかないのかはっきりしろ。俺からマダムに、お前の解雇を提言してもいいんだぞ」
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