山猫は歌姫をめざす
「……失礼だなぁ、慧一は。
僕は、仕事は仕事できちんとやってるよ? 今は休憩中。
未優とだって久々の逢瀬だったのに、ひどいよ、邪魔したりして」
「そうだったのか。悪かったな。日頃の行いの悪さがたたったと、あきらめろ。
───未優。調子はどうだ」

眼鏡の奥からの真剣な眼差しに驚いて、未優は慧一を見返した。

「あんた、何か悪いものでも食べた?」
「……訊いているのはこっちだ。
お前は夢中になると、寝食を忘れる馬鹿だからな。無駄な労力は使わずに適度に休め。わかったな?」
「わかった。……けど、それ、あたしからも言っていい? 慧一こそ、ちゃんと休んだ方がいいよ。
涼子さんから聞いたけど、あんた、ウチの仕事も掛け持ちしてるんでしょ? 無理して身体こわしたら、元も子もないよ?」

慧一は一瞬だけ真顔で未優を見返し、それから鼻を鳴らした。

「お前と違って、俺はペース配分というものを知っている。いらん心配はするな。じゃあな。
───休憩終わりだ、薫」

去りかけて、薫の腕を無理やり引っ張り、引きずって行く。
文句を言いながら慧一と共に去る薫を見送って、未優は再び“演譜”に目を落とした。

†††††

「───やっさしぃーね、《慧一お・に・い・ちゃん》」

節をつけてからかう薫の腕を、慧一は乱暴に放した。

「……お前が未優を構うのは勝手だが、お前の行動によって未優に害が及ぶかもしれないことを、少しは考えろ」
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