山猫は歌姫をめざす
「触れることなかれ、というのが『禁忌』の座の意味だ。留加、お前さんに対して、そのまま言えることだ。
未優に、恋情をもって触れなさんな。
ひとたび、そういう想いで触れ合えば、若いあんたらのことだ、ただ触れ合うだけじゃ済まなくなるだろうよ。
いいね?」
「……彼女の立場は理解している。いまさら、念を押されるのは心外だ」

留加の言葉に響子はくっと笑った。

薫の言う通り、若いのにカタイ男だ。
そのストイックさが、“変身”の際、本人を苦しめる要因となっているのだろうとの、勝の言葉を思いだす。

「あぁ、そりゃあ悪かったね。これはホントに『念のため』ってヤツさ。
アタシの用件は以上だ。二人とも、戻っていいよ。……いや、待った。留加は残っとくれ。別の話がある」

不安そうに未優は立ち上がったが、すぐに支配人室を去って行った。

響子は手にしたタバコの灰を、灰皿へと落とす。

「……アタシが前に言ったこと、覚えてるかい?」

留加は黙ってうなずいた。

逃げずに未優とも自分とも向き合うこと。それが自分たちを導く(しるべ)となるはずだと、彼女は言った。

「どうやらお前さんは、もう一人向き合わなきゃなんない相手がいるようだね」
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