山猫は歌姫をめざす
「あたしは、今までそれなりに努力してきたつもりだけど、仕事に恵まれたことはなかった。……ここに来るまではね。
この稼業は自分に合ってるけど、“歌姫”の“舞台”に興味はない。だけどあの子は逆に、“歌姫”の“舞台”に立ちたくて、ここに来た。正直、最初は鼻についたよ? 何コイツ超ウザイって。
でも、今日のあの子の“舞台”を見て、考え方が変わった。……人には「分」っていうものがあるでしょ? あの子は努力次第で「上」に行ける器なんだって、分かったから。
だからあの子を……未優をすすめた」
「……彼女の努力が報われるように?」
「そう! しゃべり過ぎたね、もういいでしょ!?」

慧一が手を放すと、さゆりはいまいましげに軽く腕を振って、次のテーブルへと向かった。

(人には「分相応」というものがある。確かに、その通りだ……)

慧一には、慧一の。未優には未優の。
人は、それぞれその人物に見合った「生き方」があるはずだ。

(違いますか、泰造(たいぞう)さん)

未優の父親が今日の“舞台”を見たら、どう思うだろう。
それは、決して否定的な感情を生まないはずだと、慧一は確信している。



< 163 / 252 >

この作品をシェア

pagetop