山猫は歌姫をめざす
『狐族』である綾は、審査員受けが()さそうだ。何しろ、“歌姫”の芸術的価値を高めたのは、他でもない『狐族』なのだから。

(あるいは───)

もう一度、キーを叩く。画面に映しだされた少女を見て、響子はふっ……と笑う。

試すだけ、試してみようか───。


†††††


留加(るか)は眠っていた───未優(みゆう)の膝上に頭を預けて。

(ど、ど、ど、どーしよー……。起こした方がいいのかな!?)

未優が『アヴェ・マリア』を歌いだすと、ほどなくして留加の上半身が揺れ、未優の方へと傾いてきたのだった。

静かな寝息と穏やかな寝顔に、どうにも起こしづらくなってしまった未優は、そのまま留加を膝枕で寝かすことにした。

(一時間くらいしたら、起こそう……)

一応の目安を決め、未優はふたたび『アヴェ・マリア』を歌いだした。あどけない留加の寝顔を見ながら。


†††††


留加はシェリーのために、ビゼーの『カルメン』の中の『闘牛士の歌』や『ハバネラ』を弾いた。

8歳の少年が弾く技巧的な音色と、16歳の少女らしからぬ魅惑の踊りの妙は、見る者を退屈させなかった。

ふたりは、公園や大通りの片隅で、そうして通りすがりの者たちを楽しませた。

「今日も楽しかったわね、留加」

シェリーの言葉に、留加はこくんとうなずく。次いで、こんこんと咳をした彼にシェリーが目を見開いた。
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