山猫は歌姫をめざす
からかうような慧一の眼差しは冗談とも本気ともつかない。未優は眉を寄せた。

「あんた、なに言ってるの?」
「仮定の話だ。───お前が『女王』になれなかった時のな」
「『女王』って……」

慧一が口にした言葉に、未優はあっけにとられた。

“歌姫”になって、まだ一ヶ月にも満たないのに、「『女王』になれなかった時」などという仮定をされても、何も答えられない。

「どの道『女王』をめざすのは一緒だろう。早いか遅いかの違いだけだ。
 “歌姫”を続けたいなら、お前は『女王』になるしかない」
「『禁忌』のままじゃ、ダメなの?」

それでも懸命に、未優は慧一の話についていこうとする。

慧一は鼻で笑った。

「お前も認めた通り、『禁忌』ってのは制約があり過ぎる。恋愛面も存在理由も。
おまけに、親父さんの許しはハタチまでだしな」
「何それ! 聞いてないよ!?」
「当然だ。言ってないんだからな。余計なことを耳に入れて、お前を動揺させるわけにはいかなかった。
……『禁忌』の“地位”すら築けていない、お前をな」

未優が“歌姫”になることを反対していた泰造(たいぞう)を説得するために、慧一があげた条件のうち、それが一番効果的であったことは否めない。
泰造は娘の「趣味」を、当主に就くまでの我がままとして認めたのだ。
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