山猫は歌姫をめざす
【3】誰(た)がための音色
3.
瞬間、軸足がブレて、そこで未優の回転が止まった。大きく息をつく。
(三十二回転が、限界か。う~、イライラするっ)
ダンスシューズを乱暴に脱ぎ捨て、ハッと我に返る。道具を粗末に扱うことは、良くないことだ。
未優は母親に、
「物には魂が宿るのよ。だから、あなたが身に付ける物は皆、大切になさいね」
と言われて育ったため、衝動的に為したことにも胸が痛んだ。
シューズをさすって謝る。
(ごめんね。あたしがダメダメなのは、あんたのせいじゃないものね)
『赤い靴』を演るには、最低三十八回転しなければならない。
だが、今の未優には三十二回転が限界だった。
今日は無理でも、明日また頑張ろうと、未優は自分に言い聞かせる。
(それにしても、このイライラは……近いんだ)
遅れまくった“変身”が。
昼間、勝に相談したところ、今までそれほど遅れたことがないなら、心配はないとのことだった。
“ピアス”の交換や、環境の変化によって生じたものだろうと。
「───失礼、未優さん。練習は、終わりですか?」
清史朗がトレーニングルームに入って来て、未優はあわてて立ち上がった。
清史朗が来たということは、ここを『王女』か『声優』が使うのだろう。