山猫は歌姫をめざす
「あ、はい。今日はもう、終わりにしようと思ってます。
……あの、どなたかが、お使いになるんですね?」
「えぇ、二十二時から。貸し切りにせよ、との仰せです」

自分の丁寧な物言いを茶化すように、清史朗はふふっと笑ってみせる。

壁時計の針は、短針も長針も『10』の文字近くを差している。

未優も笑った。

「じゃあ、あたしが早く退散しないと、怒られちゃいますね」
「えぇ。申し訳ありませんが」

未優は首を振って清史朗に応えた。

「いいえ。……あの、お休みなさい」

ペコリと未優が頭を下げると、清史朗はいつもの穏やかな笑みを返してくれた。

「お休みなさいませ。良い夢を」


†††††


未優がトレーニングルームを去り行くのを見届け、シェリーは室内に足を踏み入れた。清史朗が振り返る。

「……では、私もこれで。他のナイチンゲールにもあなたの貸し切りだと伝えてありますので、久しぶりの再会に、水をさされることもないかと」
「ありがとう。……本当に、感謝しているわ」
「いえ。失礼致します」

一礼して清史朗は去って行く。
シェリーは短く息をついた。ふと、視界に入ったものに、眉を上げた。

(これは……まずいかしら)

そう思ったものの、いまさらなので、シェリーは気持ちを切り替える。
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