山猫は歌姫をめざす
【5】奏者の辞退と恋慕の情
5.
支配人室も、続き部屋となっている仮眠室も、毎朝、涼子がきちんと整理し、掃除をしている。
しかし夜も更けてくると、また涼子が片付ける前の状態となってしまっていた。
積まれたハードカバーの本と、書類の束が乱雑に置かれた大机の前で、響子は手にしていたタバコを灰皿に押しつけて言った。
「馬鹿なことをお言いでないよ! そりゃあいったい、どういう了見だい!?」
「───筋違いなことを言っているのは、解っているつもりだ。だが、おれからあなたに頼むしかないと思って、ここに来た。
……彼女に、新しい“奏者”を探してやって欲しい」
そう言って頭を下げる留加に対し、響子はうなりながら髪をかきむしった。
「お前さん、それを本気で言ってるのかい!? 理由は? アタシがちゃんと、納得のいくようなものなんだろうねぇ?」
詰問調で言われ、留加は一瞬、返答につまった。
だが、話さずに未優の“奏者”を辞めるわけにはいかないだろうと思い、口をひらく。
「彼女を愛しいと思って、この腕に抱いた。おれはこれから先、彼女をそういう対象としてしか見られない。
『禁忌』である彼女にとって、そんな人間が“奏者”を務めるのは、良くないだろう」
「……そりゃ、寝ちまったって、コトかい」
驚いたように自分を見る響子に留加はムッと顔をしかめた。