山猫は歌姫をめざす
第6章 ふたりで奏でる最高の舞台

【1】『小夜啼鳥(さよなきどり)』と『人魚姫』


       1.

『狼族』の“支配領域”は、ヤマト全国土中に散らばっていた。

『獅子族』に次いで“支配領域”数が多い『狼族』は必然的に、全国に十二ある“劇場”のうち、半数をその支配下に置いていた。

「───では、ようやく『禁忌』の座が空いたというわけですか」

臙脂(えんじ)色のベストを脱ぎ捨て、清史朗は手にした携帯電話を持ちかえる。

通話相手は“第五劇場”の支配人だ。清史朗の五人いる兄弟のうちの、すぐ上の兄にあたる。
もれ聞こえる声からは、からかうような響きが伝わってくる。

清史朗はそれを軽く受け流し、肩口で端末機を押さえ、腕時計を外した。

「いいえ。彼女には、これから話します。
……確かに《オレ》は、あなたと違って執念深いですからね。
……勝算? そんなもの考えて女性がくどけますか」

ピンブローチを外した襟元(えりもと)をゆるめ、清史朗は微笑んだ。

「手続きは、早急に願います。
……そうですね。こちらの支配人にはオレからも話しておきますが、あの方からの口添えがあった方が筋を通せますね」

相手の了承を聞き届け、清史朗は通話を終える。

ソファーに倒れこみながら、癖のある褐色の前髪をかき上げ、大きく息をついた。
……ついにこの日が来たのかと思うと、震えるほど嬉しかった。



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