山猫は歌姫をめざす
突然、留加が薫の言葉に怒りを露わにした。
初めて目にする感情的な留加の様にびっくりして、未優は彼を見上げる。
青い瞳に、暗い(かげ)がよぎったように思えた。

薫が真顔になる。

「ごめん。言葉が過ぎた。留加、君は知り合いに……」
「悪いが、おれはこれで失礼する」

ヴァイオリンケースを乱暴につかみ、留加は逃げるように広場を去って行った。

薫は口元を覆い、溜息をつく。
留加にはきっと“異種族間子”の知り合いがいるのだろう。
いや、あの怒り方は、友人か、それ以上の関係かもしれない。

どちらにせよ、未優に想いを伝えようとして、他の人間に対する配慮に欠けてしまったのは事実だ。

つくづく人付き合いは難しいものだと、薫は思う。それが、異なる“種族”であるなら、なおさらだ。

留加の背中を見送ったままの未優に、薫はちょっと笑った。

「ね、君は、留加が好きなんでしょ?」
「えっ?」
「見てれば分かるよ。……なんてね。
実は、君たちの『音』を聴いてる時に気づいてたんだけど……留加の方は、違うみたいだね。
自覚して抑えてるなら大したものだけど、そんなに器用そうにも見えなかったし」

無自覚なら厄介だけど、と薫は胸中でつぶやく。
人の想いほど、制御のきかないものはない。それを彼は、知っているのだろうか──?
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