山猫は歌姫をめざす
開催は明日からだが、会場である“第一劇場”は、ハニーシティからだと相当な距離があり、ふたりは今日のうちから現地入りすることになったのだ。

慧一からティーカップを受け取り、薫はふふっと笑う。

「ねぇ、婚約破棄したことを言わないのって、留加への当てつけ?」
「馬鹿を言え、留加にはもう言ってある。知らないのはあいつだけだ。
俺はとっととあいつのお守りから解放されたかったからな。あとは留加に任せる」
「……未優、なんか可哀想じゃない? 僕、心が痛むなぁ……」

ミルクティーに口をつけて言う薫を、慧一はジロリとにらみつけた。

「お前、あいつにバラしてみろ。お前のあれこれ、あいつに言うぞ」
「えっ!? ちょっ……冗談だよね? 慧一だって、イロイロあるじゃん!」
「俺は別に、あいつにどう思われようと、一向に構わん。だが、お前は違うだろ?」
「えー、ズルイよ、慧一だけ………解りマシタ、黙ってマス」

凍てつくような視線を向けられ薫は目を泳がせる。と、その時、室内に乱暴なノックの音が響いた。
次いで、返事も待たずに来訪者がなかへと入って来た。

「ちょっと! あんたいったい、どういうつもり!?」

『踊り子』のさゆりだった。

「……はい?」

にっこりと笑い、慧一はそちらを振り返る。
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