山猫は歌姫をめざす
響子は片手を振った。

「よしとくれよ。エゾの旦那とは、最初からそういう約束だったからね。
……“歌姫”を育てるノウハウを教わる代わり、お前さんがこれと見込んだ“歌姫”を“第五劇場”に一人だけ連れ帰るってね」

清史朗の隣にいるシェリーへと視線を移す。

「淋しくなるね。あんたはウチの稼ぎ頭ってだけじゃない。後輩の育成にも惜しまずに手を貸してくれた。
……感謝してるよ。幸せになっとくれ」

響子の言葉に、シェリーはたおやかに微笑む。

「ご心配なく、マダム。私、今でも十分、幸せですわ」
「そうだね。……シロー、泣かせんじゃないよ?」
「お言葉を返すようで恐縮ですが、どちらかというと私が泣かされる方かと……」

清史朗が苦笑いすると、響子は声を立てて笑った。

「違いない!」
「あら。どういう意味かしら、シロー?」

軽くにらむ真似をするシェリーに、清史朗はあっさりと切り返す。

「あなたは、罪つくりな方だということですよ。
では、マダム。近々、父の方からも、挨拶させていただくことになるかと思いますが、『王女』の転属の件、よろしくお願い致します」
「あぁ、涼子に言って、手続きを急がせるよ。
それにしても、結婚してから『禁忌』に就かせるなんて荒技、よくやる気になったねぇ」
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