山猫は歌姫をめざす
いずれにしろ彼の音楽性の幅は、これから広がっていくのだろう。目の前の、少女と共に。
ふふっと薫は笑った。これは本当に──素敵な出逢いだ。

「ねぇ、未優。君なら解るはずだよ?
誰かを好きだと思う気持ちは、抑えれば抑えるほど強くなるし……そして、簡単に止められるものじゃない。
だから──これからもよろしくね、未優」
「これからもって……」
「だって僕たち、とても運命的な出逢いをしたんだよ? この出逢いに、感謝しなくちゃ。
君が“歌姫”になるというのなら、なおさら。僕は君の、力になれると思うよ?」

片目をつむって、薫はふたたびふふっと笑った。
意味ありげな物言いをいぶかしく思いながら、未優は、宵闇に浮かんでいる弓月を見上げた。

(また留加の連絡先、訊きそびれちゃった……)

「さてと! 日も暮れてきたことだし、ディナーにでも行こうか。
隣の“区域”にまで行けば、なじみの店があるし……」

未優のトートバッグをつかみ上げ、空いた一方の手で薫は未優の手を引いた。
直後、未優をかばうように背後に向き直り、薫は低く喉を鳴らした。

明らかな威嚇に、未優は薫を見上げた。『虎』のそれは、『山猫』の自分にとって、恐怖しか植えつけない。
縮み上がった心臓のまま、未優は小声で問う。

「何……? どうしたの…?」
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