山猫は歌姫をめざす
視線を上げて、真向かいの座席に腰かけている留加を見る。
片腕にヴァイオリンケースを抱え背後の車窓の向こう側を見ているようだった。

「もうじき着くぞ」

隣に座った慧一が、抑揚なく告げる。

(う~胃が痛くなってきた……!)

「緊張するなとは言わんが、人前で不細工なツラをさらすのはやめろ。『山猫』の“純血種”の名が泣く」
「ブサイクで悪かったわねっ」
「わめくな。三歳児か、お前は」

(キィ~ッ、ムカつく! ちょっとでも「こいつイイ奴かも……」なんて思ったあたしが、バカみたい!)

実は“第三劇場”の詳しい情報を未優にもたらしてくれたのは、誰あろう慧一である。

“劇場”は政府機関と密接なつながりがあるらしく、インターネット上での検索はもちろん一般的な情報収集の仕方では、伏せられた部分が多いのだ。
だから、慧一が自らのコネクションで手に入れてくれたことに、未優は今の今まで感謝していたのだ。

──それなのに。

モノレールを降りて地上に立つと、目の前には“第三劇場”の中央ゲートがあった。
通常の開演時間は夜なので、昼の今は、当然ゲートは閉じられている。

「……関係者入口って、どっち?」
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