山猫は歌姫をめざす
「そんなの……分かんないわよ。好きになるのに、理由なんかっ……」
「──分かった。もういい。
お前自身に制御できるようなことなら、問題はややこしくならないはずだからな。
お前の外出には、今後、俺が付き添う。部下の報告を待ってお前に説教するより、現場で俺が動いた方が良さそうだ。
親父さんには俺から言っておく」
「意味分かんないっ。なんであたしが、あんたに束縛されなきゃなんないのよ!」

部屋の一角にあるスライド式の本棚へと、手にした本を戻している慧一の背中に、怒鳴りつける。

(人の部屋、勝手に私物化してくれちゃって!)

慧一は未優を振り返って、ニヤリと笑った。

「愛しの婚約者殿に何かあっては困りますからね。
私が責任をもってお護り致しますと言えば、親父さんは泣いて喜ぶだろう。
娘をよろしく頼むとね」

まぁ【お守り】の間違いだがな、とつけ加える慧一に、ふたたびクッションを投げつけてやる。
今度はなんなく受け取められた。

「よくもそんな、心にもないことをペラペラと言えるわね!」
「お前こそ、嫌なら親父さんに頼んで、俺との婚約を破棄してもらえばいいだろう?」
「……あんたが一族の中じゃ一番マシなのよ。悔しいけどっ」

法律で成人扱いされるのは、満18歳以上と決まっている。

だが猫山家の慣習では、20歳以上で、しかも既婚者でなければ当主の座には就けず、また成人扱いもされない。
未優は「婚約」という形で一族に対し、お茶をにごすことができていた。
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