山猫は歌姫をめざす
「不快!? はっ、そんな生ぬるいもんじゃないね。お宅じゃ“歌姫”を、慈善事業か何かと、勘違いしてんじゃないのかい?
大事な跡取り寄越して、いったい、なんのつもりかと、履歴書見た時は(はらわた)煮えくり返ったよ」
「まったく、返す言葉もございませんが……」
「お嬢ちゃんは“歌姫”について何も解っちゃいない。しかも、その過ちを周囲の人間が何も正してやってないときた。
……患者に末期ガンを告知しないで未来を語らせる、ヤブ医者のようだよ」

タバコを取り出して火をつける響子に、慧一は苦笑した。

「……禁煙では?」
「細かいことガタガタ言いなさんな。問題ないよ。
──で? お宅の要求は? もちろん、そのために来たんだろ?」

慧一はふたたびこうべを垂れた。口元に笑みが浮かぶ。

「恐れ入ります。当家当主にも、今回の件、了承を得ておりますので……」

響子を見据え、慧一は二つばかりの要求と引き換えに、“第三劇場”への援助を申し入れる。

紫煙を吐きながら、響子は軽く眉をひそめた。

「……アタシはね、金でどうこうっていうのは、好きじゃないんだ。
けど、そうだね……アムールの坊っちゃんの言う通りなら、話は早い。
──援助はしなくて、けっこう。その代わり、違う代償(もの)を払ってもらうさ」
「……アムールの……とは……まさか」

トン、と、首筋を叩かれる。
一秒前まで完全に絶たれた気配に気づかずにいた。
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