山猫は歌姫をめざす
初めてそこで声を落とした清史朗に、留加が視線を向ける。

「その前の段階で、“歌姫”としての適性がないと、支配人が判断する可能性はございますね」
「そう、ですか……」

未優は息をついた。

うまくやれるだろうか?
練習は積んだ。
今日までの間、自分のできうる限りの努力はした。
あとは、それを“舞台”で表現するだけだ──。

薄暗い舞台袖で、未優は深呼吸した。

(大丈夫。自分のすべてを出し尽くそう……)

目を閉じて、もう一度、深呼吸する。そして、小さな声で、音階を歌う。

留加は調弦を行いながら、そんな未優を見つめる。
清史朗に対してなされた彼女の質問に、不覚にもまた、迷いが生じた。

けれども。

舞台の方を真っすぐに見つめている、大きな緑色の瞳。紅潮した頬が緊張のためか、わずかに強ばっている。

だが、もれ聞こえてくる歌声が留加の迷いを打ち消すほどの強い力を放って、響く。
……だから、弾くのだ。

「君は一人で“舞台”に立つわけじゃない。それを、忘れるな。
──おれは、君のために、弾く」

瞬間、未優はパッと長い髪を散らし、留加を振り返ってきた。泣きそうな微笑みで留加を見上げ、そして告げる。

「……ありがとう」





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