山猫は歌姫をめざす
†††††


(まだ、心臓がドキドキしてる……)

控え室に戻った未優は、実技試験とはいえ本物の“舞台”が行われる場所で『人魚姫』を演じた自分に、興奮冷めやらずにいた。

舞台上では何ともなかったが、舞台袖に入ったとたん、膝がガクガクし、気づいた留加に片腕を支えられ、ここまで来たほどだ。

未優は、自らを落ち着かせるように深呼吸を繰り返しながら、編みこんだリボンをほどいていく。

パンプスはすでに脱いでいた。
素足のまま歩く冷たい床の感触は火照(ほて)った足裏に心地よかった。

私服に着替えて廊下に出ると、身支度を終えた留加が、清史朗と待っていた。

「足は大丈夫か?」
「うん。緊張が解けて、一気に疲れがでただけみたいだから」
「そうか」

ふと、前にも同じような会話を留加と交わしたのを思いだす。

短い言葉に含まれた優しい労りに、未優の胸に留加への愛しさが募る。
……今になって、さきほどつかまれた、二の腕が、熱い。

「──では、参りましょうか」

清史朗にうながされて、ハッと気づく。

まだ、すべてが終わった訳ではない。
“第三劇場”支配人との面談があるのだ。
こちらは“舞台”とは違った意味で、緊張する。

舞台のある本館とは別棟の建物に案内される。
敷地は一緒だが、本館からは歩いて二三分の距離だった。
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