山猫は歌姫をめざす
逆に言えば20歳までの「自由の身」であり、それを過ぎれば対外的に「当主扱い」されることになっている。『山猫族』の頂点として。

しかも、それはただの飾りの位であって、未優に託されているのは「当主として」跡取りを産むことだけだ。それ以上の期待など、されていない。

政治活動も事業も──この家の中のことでさえ、未優のあずかり知らぬことだ。
いわゆる「帝王学」も、身につけさせられてはいなかった。

もっとも、未優自身にとっても、それらはすべて、関心のないことではあったが。

「結構なことだ。利害の一致を再確認したところでくだらない論戦はこれで(しま)いだ。じゃあな」

慧一は未優にクッションを投げ返し、部屋を出て行った。

未優は大きな溜息をつき、ソファーに身を投げた。
ふいに、弦楽器の音色が鳴り響いて、頭の中でひとつの旋律を奏で続けていたことを知る。

『犬族』によく見られる漆黒の髪を乱しながら、彼は未優の記憶の中にある旋律を、一心不乱に弾いていた。

(母さまが、最後に弾いてくれた曲……)

歌い上げるように。昇りつめるように。

目指すべき高みへと──その様が、その音色が、未優を彼に惹きつけて止まなかったのだ……。


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