山猫は歌姫をめざす
もちろん無理強いはできるし、結局そうなるだろう。別段、心が痛むわけでもない。
嫌われるのには、慣れている。好かれようとは思っていない。

慧一は立ち上がった。
そろそろ響子との面談も終わる頃だろう。迎えに行ってやらなければ。
ふいによぎった未優の顔に、慧一はふたたび苦笑いした。

(本当に、面倒な女だな……)

それが、恋に似て非なるものだということに、とうの昔に気づいていた──。


†††††


(“歌姫”が公娼……)

政府が認める娼婦。それが“歌姫”の裏の顔だった。
“歌姫”になるというのは、すなわち娼婦になるということ──その事実に未優は打ちのめされ、言葉もなかった。

慧一は……留加は、薫は、知っていたのかもしれない。いや、恐らく知っていたはずだ。
なのに、なぜ、教えてくれなかったのだろう。

(違う! あたしが訊けば、良かったんだ……!)

彼らの言葉の端々に、気づくためのサインがあったはずだ。未優が気づけなかっただけなのだ──夢の先にあるものの、影に。

「あんたは『山猫族』の貴重な存在だろう。最後の、イリオモテの姫だ。そんな人間が、本当に娼婦になれるのかい? 周囲に過保護に守られてきたあんたがさ。
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