山猫は歌姫をめざす
「これでも、響子さんは響子さんなりに、気を遣ったんだと思うよ?
……最初の相手が見ず知らずのオヤジよりは、未優にベタ()れの僕の方がマシだろうってね」

未優の髪を手ぐしで()いて、薫は空いた一方の手で未優の頬をなぞった。

「ねぇ、未優。今日の『人魚姫』良かったよ。やっぱり君は、素敵な女の子だよね。
“歌姫”になって、たくさんの人を楽しませてあげるべきだよ。
……これはその、第一歩」

吐息と共にささやいて、薫は頬を傾けた。ふと、指先が濡れたのに気づく。未優の目元に唇を寄せ、押し当てる。

「……ごめん、ね」

しおれた花のように力なく自分に身体を預けた未優を、薫はその腕に抱きしめ、それから言った。苦笑まじりに。

「やっぱ、僕にはムリ! だって、未優が好きだから」

そっと身体を押し返し、薫はふふっと笑う。

「泣き顔よりは、怒った顔の方がカワイイし、それに、未優の一番は、照れながらの得意気な微笑みだよ」
「薫……」
「うーん。響子さん、人選ミスったよね。僕じゃなくて慧一だったら良かったのに。や、未優にとっては良くないけど、あいつ平気そうじゃん、こういうの」
「さらっと言わないでよ、そういう怖いこと……」

ガチャリと扉が開く。慧一が顔をのぞかせた。

「……もういいだろう。こっちに来い、未優」




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