山猫は歌姫をめざす
“歌姫”になりたいと父に話したのは、十五の秋だ。
義務教育が終わると、皆、それぞれ家の稼業を継ぐか、結婚するかのどちらかになるとされている。
特に“純血種”は結婚し、子を成すことが政府から奨励されていた。
「馬鹿なことを言うものじゃない。あれは、下々の者の為の職なのだぞ?
猫山の人間が就くなど、もってのほかだ」
自慢の口ひげを整えながら、未優の父、泰造は鏡のなかから未優をにらみつけた。
中年太りには程遠いスリムな身体に、きっちりと着こなしたスーツ姿の父親は、格好良いと思う。
思うが、それとこれとは話が別だ。
「下々って……そんなの差別だよ! 政治家がそんなこと口にするなんて、サイテー!」
「……誰に似たのやら……」
独りごち、泰造は呼び鈴を鳴らす。応じて室内に入ってきた使用人に外出を告げ、未優に向き直った。
反抗的な目をした娘の頭にそっと手を置く。
「いずれ、お前にも解る。自分が成すべきことと、望むことには、大きな隔たりがあるのだ。
折り合いのつけられる大人になって欲しいものだが……」
「そんなのムリ!!」
「今は、それで構わないが、そのうちそうも言ってられなくなるだろうな。
──では、行ってくる」
腕時計に目を落としたのち、泰造は片手を上げ部屋を出て行く。
未優は父の背中に盛大に顔をしかめてみせた。