山猫は歌姫をめざす
「はぃ……」

曖昧(あいまい)にうなずき返す。

“歌姫”になると、それまでの身分証明と変わるため、当然“ピアス”の交換が行われるらしい。
いま着けている“ピアス”を外すことは『山猫』の“純血種”であることはもちろん、今までの経歴やその他の個人情報も【捨てる】ことになるのだ。それは、実質、“歌姫”として生まれ変わることを意味する。

(なんだか、落ち着かないなぁ……)

無意識に“ピアス”に触れる。
十七年と数ヶ月、身につけてきた三日月型の金色の“ピアス”を外し、“歌姫”の証である音符型の銀色の“ピアス”を付けるのだ。

「最初に言っとくけど、あんたが『山猫』の“純血種”だってことは、リョーコとシロー、それにシシドーのじいさん以外には伏せておくからね。

ここ何十年、“純血種”の“歌姫”が居なかっただけに【“純血種”の“歌姫”は存在しえない】ってのが、通念になっちまってるんだ。
ましてや、あんたは“希少種”であるイリオモテの娘だからねぇ。
手続き上は問題ない“純血種”の雇用も、対外的にはいろいろ問題があるのさ。
ウチのナイチンゲール達に、いらん影響与えんとも限らないしね」

契約時の響子の口調から、“純血種”が“歌姫”になることへの反発がうかがえ、未優は気持ちを新たにした。

(あたしが思っていた以上の覚悟が、必要なのかもしれない───)

と、その時、ガチャリと支配人室の扉が開いた。
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